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【チャペルアワー】「最初の衣裳」入 治彦先生

2020年1月8日(水)「最初の衣裳」
聖書:創世記3章 20~24章
お話:日本キリスト教団 京都教会 牧師 入 治彦先生
創世記3章は蛇の誘惑によって、人間(アダムとエバ)が神様から食べてはいけないと言われていた果実を食べてしまい、楽園を追放されるところまでが書かれています。お話では神様と人間との関係、アダムとエバ(男性と女性)の関係を含め、この出来ごとについて、丁寧にお話下さいました。その中でお話のテーマとなっている「衣裳」は2つ出てきます。一つは人間が裸(罪)を隠すのに使ったいちじくの葉、もう一つは楽園を追放されるときに神様から人間に与えられた皮の衣です。

【学生の感想より】
・人間は弱い生き物である。だからこそ互いに補いあうことが大切であると思った。
・楽園追放されるその時に、神様から皮の着物をもらったこと=神様は罪を犯した人間を死にいたらしめるのではなく、生きるために力を与えたというお話が印象に残った。
・皮の衣をアダムとエバに着せたということから神様が2人のこと(人間)を大切に思って下さっていることを感じた。
・アダムとエバの物語はこれまでにも聞いたことがあり、人間のみにくい部分を思うけれど、今日のお話を聞いて神様はそれでも私たちに〝希望“を与えてくれていることを感じた。 

 聖書のお話、そこに込められている意味、メッセージを一つひとつ考えていくく中では、私自身も難しさも覚えるときがあります。けれど、その一つ一つに込められている神様の深い愛を感じることができたとき、心が穏やかになっていくことを感じます。学生、教職員一人ひとりが、神様の深い愛を感じ、その愛を出会う人に繋げていくことができますように祈っていきたいと思います。ありがとうございました。(専任講師 池田奈緒実)

【チャペルアワー】「『自立』と『依存』」 岡本 匡弘 先生

2019年12月4日(水)「『自立』と『依存』」
聖書:ローマの信徒への手紙11章35~36節
本学院学院長 岡本 匡弘先生

【学生の感想より】
・自立と依存は、切っても切り離せないものと知った。依存があるからこそ、自立につながるということを覚えておきたい。でも、自立に繋がらない、依存しすぎることはいけないし、依存しすぎていないか確認していきたい。
・今日の先生のお話で、人は「依存」し合って生きているんだということが分かりました。依存という言い方もできるけど、支え合っているということでもあるんだと思いました。そして、依存と自立についてはバランスが大事で、バランスがとれなくなったら、「だって」、「ですから」、「でも」という言い訳に繋がってきて、人間関係が崩れると思いました。
・先生のお話を聞いて、それも依存だったのか、色々なものやことがらに依存して生きていたのだなということを知ることができました。今まで依存という言葉を聞くと、あまり良いものではないと考えていて、依存しないように生きてきたと思っていたのですが、人間、依存して生きているのが普通で、依存も必要なのだと思いました。自分が依存していることを受け入れながら、自立することができるようにしていきたいと思いました。

 本日のお話を聴いて、普段、「私は自立している」、「私はいつも誰かに依存している」と各人が考えて生活しているところ、「自立と依存は表裏一体」と聞いて、「なるほど」と、それぞれが自身を見直す機会となったことが学生の表情やレポートからも伺えました。私自身は、年齢を重ねるごとに物忘れも多くなり、自信がなくなるばかり…。しかし、学院長の「自己肯定感は、どの年齢層であってもつくっていくことは可能。」という言葉に勇気づけられて、年のせいにせず、毎日生まれ変わる気持ちで頑張りたいと見直す機会となりました。
ありがとうございました。(専任教員:石塚正志)

【チャペルアワー】「マイナスから生まれる豊かさ」

2019年11月20日(水)「マイナスから生まれる豊かさ」
聖書:コリントの信徒への手紙二 1章3~7節
お話:NPO法人 心臓病の子供を守る京都父母の会「パンダ園」代表 佐原 良子先生

【学生の感想より】
・一人ひとり生き方がある。マイナスだけでなく、そこから生まれる役割、豊かな心があると感じた。
・先生が書かれた絵本「かみさまのおてつだい」、病気になったのは他の病気の子たちに声をかけ、神様のお手伝いをするためというメッセージが込められた絵本で、悲しむだけでなく前を向き、頑張る力になっていることを思い、この絵本の素敵さを感じました。私も前向きに明るくなれるような言葉がかけられるような人になりたいと思いました。
・命があるところには何か物語とそこに備わっている愛があると思う。そこに共感し、理解し合える感覚を共有する、読んで下さった絵本にはその共有する力があることを感じた。困難さがあったとしても周りと手を取り合うことで前へ進む力に変わっていくのだと話を聞いて思った。
・お母さん(佐原先生)の想い、お子さんの生きた証を感じました。その時に寄り添ったボランティアの方々の存在が家族を支え、家族がまた他の家族の心に寄り添い支える。本当に人生の意味を感じることが出来ました。障害を持つ子どもの生まれてきてからの環境を整えて寄り添える人になれるよう学びます。

お話をお聞きした一人ひとりが、神様から与えられた生命の尊さ、その意味、そこから生まれるメッセージを受け止め、その想いを出会う人に繋げていくことの大切さなどを感じたようです。この大切な時間に与えられた学生一人ひとりの想いがまた、今後に繋がっていくようにと願って…。ありがとうございました。(専任教員:池田奈緒実)

【チャペルアワー】絵本「したきりすずめのクリスマス」

2019年11月13日(水)「(絵本)したきりすずめのクリスマス」
聖書:ヨハネによる福音書 3章16節/マタイによる福音書11章28節 
お話:(読み聞かせ):専任講師 山本 美加先生 
*絵本「したきりすずめのクリスマス」著:三浦綾子 絵:みなみ ななみ 訳:アーデン ルイス/ホームスクーリング・ビジョン 2008年
 
 本日のチャペルは、絵本の読み聞かせが行われました。日本のおとぎ話「舌切り雀」をベースに寓話化されたクリスマスのお話です。人間はいかに生きるべきか考えさせられます。
【学生の感想より】
・完璧なものや人はなく、大切なことは完璧であることではなくて、誤りや罪を受け入れて改めていくことだと感じました。周囲に対してもこのような姿勢を大切にして物事を多様な視点で受け止めていくことが大切であると感じました。
・欲も罪もない人なんていないと思いました。自分の罪がわからないことこそが一番大きな罪だということがわかりました。もう一度、自分自身の本当の姿を見つめ直すことが大切だなと感じました。将来保育士になった時に、子ども達に素直になる、自分のことや相手のことをしっかり考えるということを伝えたいと思いました。
・なぜクリスマスという日があり、イエス・キリストはどのような人なのか子どもにもわかりやすく伝わる絵本だと思いました。自分の罪を自覚し認め、悔い改めることがとても大切であること、自分の罪を自覚せず、知らずに生きていることのほうが罪深いことを知り、自分自身を振り返り見つめ直していきたいと思いました。

 日々の生活の中で気づいていないうちに罪を犯していることはないかと振り返るきっかけにもなりました。そして、もし罪を犯していてもそれを認めて悔い改めることが大事だということを改めて感じました。挫折や失敗を経験してもそこで終わりではなく次につなげていければよいという思いにもなりました。 
 個々人がそのよう意識を持つことで、お互いが尊重しあい認めあうことができるより良い関係を築けると思います。これから対人援助の現場に出ていく学生たちにも謙虚な気持ちでより良い人間関係を築いてもらえることを願うと共に、わたし自身もそのようなことを意識しながら日々を過ごしていきたいと思います。(総務部職員:木村真帆)

【チャペルアワー】「星をみて喜びにあふれた」正木 牧人先生

2019年12月11日(水)「星を見て喜びにあふれた」
聖書:マタイによる福音書 2章1~12節
お話:西日本ルーテル教会伊丹福音ルーテル教会牧師/神戸ルーテル神学校校長 正木 牧人先生

【学生の感想より】
・色んな人たちがイエスの誕生を待っていた、そしてその誕生を喜んだ。こんなに昔にも差別や貧困などがあって人々は苦しい思いをしていた。イエス・キリストがどうして人のために人生を生きることができたのか少しわかった気がしたが、自分は同じことはできないと思うので自分に何ができるかを考えながら生きていきたい。
・博士たちはイエスに出会ったことで示された自分の進むべき道をしっかり歩んだ。これからの人生、私もしっかり進む道を選択していきたいと思いました。
・出会う人によって人生は変わる!私も今までの出会いで人生が変わったと思います。そしてこれからもそういう出会いがあると思います。大切にしていきたいと思う。

 正木先生に改めてクリスマスを祝う意味や降誕の物語を教えていただきました。私たち教職員はよく知っているお話ではありますが、学生たちはおそらくイエスの降誕の物語を知らず、人によってはサンタクロースが来る日ぐらいの認識の学生も多いと思います。またこのことを知ることによって、今度からクリスマスがキリスト教文化の人々にとって聖なる、意味の深いお祝いの日であることを考えながら過ごすことができるのではないでしょうか。
 ところで、人種、宗教や文化のダイバーシティが認められる国際社会では「メリークリスマス」とは言わず「ハッピーホリデイ」と挨拶をしています(※キリスト教徒の間なら問題ありませんが)が、キリスト教文化でない他の宗教文化の人にとってはお祝いの日という捉え方とは異なるという点からも一度、学生たちが考えてみるきっかけにもなればとお話を聞きながら思いました。
 正木先生、ありがとうございました。(専任教員:花岡 貴史)