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【チャペルアワー】「すべては神が」渡邊 大修先生

2019年6月19日(水)「すべては神が」
聖書:創世記1章1~5節
お話:日本基督教団紫野教会 牧師/学校法人紫野キリスト教学園 認定こども園紫野幼稚園 園長 渡邊 大修先生

【学生の感想より】
・神のもとに自分がいることを忘れず、素直に生きていかなければいけないと思いました。また、人間は神さまが作られたので人はみんな平等であるという事も忘れず、これからの勉強に生かしていきたいと思います。
・「すべては神が」とう考えについて、信じる人と信じない人、分からない人等、多様な考えがあるのだと思います。お話にあったように科学で説明のつかない事象がこの世には多くあり、これもまた様々な価値観をもつことに繋がっているのだと思います。対立しうる意見、考えをそれぞれ持ちながら、相手の考えも受け止め尊重することも大切であるように感じました。
・入学後、聖書に触れることが増え、今まで以上に神について考えるようになり、願い、祈りを大切にするようになった中での今回のお話を聞いて、初心に戻り、日常の生活に感謝をしたいと思いました。
・私は聖書をすべて読んでいません。そして理解している訳でもありません。ですが、神の深い愛の存在は目には見えなくても感じることは度々あります。聖書をどのように理解するかは、個人差がありますが、現在の進化について神は何をお伝えになられたいのか…。今、私に出来る事をしたいと思います。

今日のお話を聞いて、聖書に関心をもった学生もあったようです。神様の存在を知ること、神様の愛を知ることは、自分自身と、またこの社会で共に生きる他者とを大切にできることに繋がっていくように思いまる。保育士になろうとする学生一人ひとりの歩みに、今日のお話から与えられた想いが繋がっていくように祈って参りたいと思います。ありがとうございました。(専任教員:池田奈緒実)

【チャペルアワー】「いのちが大切にされる社会をつくりだす」平田 義先生

2019年6月12日(水)「いのちが大切にされる社会をつくりだす」
聖書:ヨハネによる福音書5章1~13節
お話:社会福祉法人イエス団 空の鳥幼児園園長・愛隣館研修センター所長 平田 義 先生

【学生の感想より】
・子どもたちと関わっていく中で、子どもたちから学んだり、発見したりすることがあるのだと思います。そのことも今回の話で分かり、自分自身も様々な子どもから学んでいきたいなと思います。いくら、障がいがあっても生きる価値がない命はないと思います。
・障がいのある子どもの保育をしてきた人でさえ、障がいのある子どもを産んだ時に、自分を責め、病院を責め、子どものこれからを考えられなくなってしまう…。障がいの有無に関係なく、壁を作らず素直に歩み寄っていける人間になりたいと思いました。
・世の中は昔から障がい者に対して、とても失礼な行動をしていると思います。昔、簡単に殺されていた時代があるということを知り、本当に胸が痛くなりました。他にも、普段から障がいのある人と関わっている人が産んでも戸惑うということも知りました。私もそういうことを考えないといけないと思いました。
 
 お話の中で、インクルーシブ保育について、「障がいのある人もない人もみんなが一緒に学習したり遊んだりすることができるようにすること」と分かりやすく説明して下さり、空の鳥幼児園と同じ法人の保育園の子どもたちと過ごす時間があること、その様子についても語っていただきました。
 平田先生のお話を聴き私は以前、関わっていた障がい児を持つ親の会のことを思い出しました。「この子が誕生した頃は、未来が見えず泣いてばかりでしたが、今はこの子が私の子どもになってくれて、ありがとうの言葉しかありません。」とおっしゃるお母さんの笑顔がそこにありました。お母さんがわが子を受容することができたように、誰もがあたりまえに受け容れることができる社会になるように実践していきたいと強く感じました。日々、実践され、こうして学生や教員の前で語ってくださる平田先生に感謝の気持ちがいっぱいです。ありがとうございました。(専任教員:石塚正志)

【チャペルアワー】「私たちの心は燃えていたではないか」前川 修先生

2019年5月29日(水)「わたしたちの心は燃えていたではないか」
聖書:ルカによる福音書―24章13節~32節
お話:社会福祉法人カトリック京都司教区カリタス会 希望の家児童館 館長 前川 修先生

【学生の感想より】
・専門学校での学びに「疲れるなぁ」と感じることもあります。でも、これから出会う子どもたちの顔を思い浮かべて、気の緩むことのないようにしたいです。そのためにも早く保育現場に行き子どもたちに出会いたいと思いました。    
・人間関係などの問題から辛くて現実から離れたくなることも今までありました。でも、それを乗り越えて子どもの笑顔が元気の源になるように私も自分の元気の源を見つけて頑張って行きたいです。また、私もたくさんの人のおかげでここまで成長できたと思います。次は私が多くの子どもの成長の支えになれたらと思います。
・人は一人で生きていけないからこそ、自分一人の気持ちや気分、行動が周囲にも影響を与えると思う。目的を見失いそうになった時、それを気づかせてくれるのも周囲の存在であり、自分の居場所をもう一度確かめられるのだと思った。
・当たり前のことが当たり前でないことに実習で気づけることが多い。対象者がいて初めて自分を見つめることができる。残りの時間でたくさん吸収していきたい。

 
 本日は「わたしたちの心は燃えていたではないか」というテーマでお話頂きました。保育の仕事をする中で辛い事や大変な事があったり、思い描いていた仕事との相違を感じる事もあるが、子どもの成長が疲れを吹き飛ばし我に返るきっかけになるというお話でした。1回生は入学をして約2か月の保育に関する学びを受け、保育の道を目指す際の気持ちを思い出し、保育現場へやりがい“心の原動力”に出会いに行きたいと感じたようです。2回生は初心を思い出したり、生活施設実習を終え様々な学びがあったことと繋げて考える時間になったようです。 
 昨年度、1回生(現2回生)からこんな質問をされました。「先生、保育のモチベーションの維持が難しくて・・・先生はどうしていましたか?」と。まさに本日のお話と重なる内容でした。私はやはり「今、手を抜くと将来関わる子ども・利用者さん・保護者が自分の技量によって損をする事になるとその都度考えていた。自分の為にも子どもの為にも頑張ろうと考えては?」と助言しました。保育者の心の原動力は“子どもたち”です。子どもたちの成長の為に今の自分は何をするべきか考える時間となったようです。ありがとうございました。(専任教員:河北 彬充)

【チャペルアワー】「育つままに」木原 桂二先生

2019年5月15日(水)「育つままに」
聖書:マタイによる福音書13章24~30節
お話:日本バプテスト連盟 北山バプテスト教会 牧師 木原 桂二先生

今日与えられた聖書のみ言葉は「毒麦のたとえ」の箇所です。良い麦を蒔いた畑に敵が毒麦を蒔いて行き、それらの芽が出たところで僕が「毒麦を抜き集めましょうか」と主人に申し出ると主人は「刈り入れるまで両方とも育つままに」と言います。その意味は…。お話から学生に届けられたメッセージは…。

【学生の感想より】
・子どもは自分が喜ぶために、希望がある未来のために生まれてくるという言葉はとても印象に残りました。だから大人や周りの人たちが子どもの価値を言ったりするのは違うんだと感じました。私たちには子どもたちがこの世の中で生きていけるようにサポートする重要な役割を持つのだと改めて感じました。お互いがお互いを尊重し合うことが大切なんだと思いました。
・人間には色々な人がいる。その時に自分と違う人間をどう見るか、人の見方について考えていこうと思った。それは保育の道では大切だと感じだ。希望を持つことは愛に繋がる。この言葉を胸に刻んでいきていと思う。子どもに関わるうえで喜びや人間性を見て、気付いてあげられる人になりたいと思う。
・世界には色々な子どもたちがおり、大人のせいで小さな命が消えてしまう、そんな悲しいことを一つでもなくせるように頑張れる人になりたいです。
・毒麦のたとえの中にある良い麦と毒麦は一人の人間の内面に存在するように思います。育つにつれて、自らが自身の内にある毒になる部分と良い部分を自身で気づき、それぞれに対してどう向き合うかが大切さと感じました。その向き合う時に、自分の心の中に希望がある事、そして他者に対しても善悪でなく希望を持って関わりたいと思います。

保育士として子どもにどんな風に向き合っていこうとするのか、その成長にどう寄り添っていくのか…、お話の中で「愛をもって守り抜く」と語って下さったその言葉に、学生一人一人が保育士としての働きを目指す自身の想い、覚悟と向き合う時が与えられたようでした。ありがとうございました。(専任教員:池田奈緒実)

【チャペルアワー】「光感じて」中江 潤先生

2019年5月8日(水)「光感じて」
聖書:エフェソの信徒への手紙1章18節
お話:本法人(京都基督教福祉会)理事長/保育科専任講師 中江 潤先生

【学生の感想より】
・元気で遊ぶ姿やいたずらする姿など、表面的な姿を見るだけではなく、もう一歩踏み込んでその子について知ることが大切であると学んだ。
・言葉や言動には両面性があってその両方に目を向けようとする、目を向けられる、考えられる人になりたいと思った。保育士は本当に大切な時期の子どもを預かることを改めて実感した。
・盲目の子どもさんのお話から、目からではしっかり分からない部分を〝耳で“〝触って”と目以外のもので知ろうとする、前へ進む「力」の大切さを今の私たちは忘れてしまっているのではと思い、改めることができました。ここでいう「光を感じる」ことは目からだけでなくいろんな方法で自分に取り込むことができるものであると感じました。目立つものだけに目を向けるのではなく、小さいものにも目を向ける大切さを知ることができました。

今日のお話から学生さんは、保育士として子どもさん一人ひとりに何を大切にして関わっていくことが必要なのか等、改めて考えさせられたようでした。人とまた自分自身と向き合う時に、行く道を示してくれるかすかな光に気づくことができる心の目を持ち、丁寧に関わりを重ねる力が一人日ひとりに築かれていきますように、祈って参りたいと思います。ありがとうございました。(専任教員:池田奈緒実)